1975年(昭和50年)、仙台市郊外にある当時の国立療養所西多賀病院(現:独立行政法人国立病院機構仙台西多賀病院)に入院する、進行性筋ジストロフィーの山田寛之・秀人・富也の三兄弟に共感した多くの若者たちによって設立されました。
今では、当事者がその運動の主体となることは当然のこととして理解されるようになりましたが、ありのまま舎はその先駆的な運動団体として筋ジストロフィー患者が中心となって活動を始めました。
進行性筋ジストロフィーには様々なタイプがあり、そのタイプによって予後も大きく変わります。中でも最重度のデュシャンヌ型は、その患者の多くが現在でも20代後半で亡くなるという悲惨な病気です。
原因も治療法もなく、日々迫り来る「死」と向き合いながら、最も輝いているはずの青春の時を、患者たちは病気という社会の隔絶された空間で過ごしていました。
その中で生きた三兄弟が、その実態を明らかにし、人知れず亡くなっていく忘れられた人々の存在を世に問い、誰もが人として生きられる社会の構築を目指して、声を上げ、それに共感した人が共にありのまま舎を設立しました。
具体的な活動としては、ありのまま舎の原点である詩集(病院で亡くなった仲間の遺稿集発行から始まりました)・手記・雑誌などの出版活動。その実態を映し出した映画製作。そして、仙台市民、宮城県民を中心に当舎総裁の寛仁親王殿下を座長にお迎えして、毎年行われている「ありのまま生活福祉講座」。
障害を持つ人の新たな自立の概念を構築し、それを実践する人々を顕彰する「ありのまま自立大賞」などの啓発活動は法人の核となる活動として行なっています。
さらには、実際に重度の障害をもつ人や難病の患者が自らの生き方を全うでき、最後まで安心して生活できる場としての「自立ホーム」と「重度障害者・難病ホスピス」を建設し運営しています。そこには合わせて約70名の方々が暮らしています。全て個室という中で、それぞれの生活空間において、自己実現にむけた取り組みがなされています。
いかに重度の障害があっても、いかに重度の難病があっても潜在的な能力、人として生きた思いや証しを残せるような活動をこれからも続けてまいります。